スペックで選ぶ胃がん スキルスの治療法

スキルス胃がんは胃がんの中で、特別な進み方をする悪性度の高いがんで、生存率の低い病気です。早期発見が難しいとされています。

がんは、すでに肝臓に転移していた。 それまでは単純な大腸がんで、切れば治ると思っていたから、そんな生やさしい事態ではないと知ったときのショックは大きかった。
転移があればまず助からない。 それは妹の経験からわかっていた。

肝臓に転移したがんは、いちばん大きいのが6センチ、そのほかに小さいのがいくつかあって手術では取りきれない。 抗がん剤治療を受けるしかなかった。
2週間に一回の抗がん剤を、動脈注射で受けはじめたのが一月半ばである。 このころまでは「西洋医学一辺倒」、医者のいうとおりにしていた。
しかし病院では正確な病名、病状は一度も告げられたととがない。 がんを告知しないのがその病院の方針だった。
すべてが「雲をかぶせたよう」で、抗がん剤は「腸の癒着防止剤」という説明である。 もっともそれがなんであるかは、こっそり薬の袋をもちかえって本で調べたから、よくわかっていたが。
「うちの人から聞くと、お盆までもつかどうかって話ありましたからねえ。 余命半年か、そのくらいだったんでしょう」
もうだめかという焦りと、どうにでもなれという思うと、気持ちがおだやかになれず、入院中は精神的に追いつめられた状態だった。
そこに、友だちがいずみの会の会報と「日本笑い学会」の資料を差し入れてくれる。
勉強させられたんですよ、病気について。 会報読んで、がんはどうしてできたのかっていうことや、原因はなにがあるか、どうしたら治るかっていう情報を教えていただいたもんだから、生き方を変えなきゃいけないなっていうことがそのとき、入院しているときに、こころ構えみたいなものができて、おかげさまで助かったんですよね」ことだった。

そうした患者としての自覚が、プラスに作用したのだろうか。 2月に退院し、4月にはいずみの会に入る。
入院当初の西洋医学一辺倒が、しだいに幅のある考え方に変わっていった。 外来での抗がん剤の治療はつづいたが、がんを治すには自分のがん体質を変えなければならない。
ストレスをためず、くよくよしない、素直になる、そういった気持ちの切りかえをはかり、生活や生き方を変えるようにこころがけた。 同時に玄米菜食もはじめたが、そのやり方は食事療法を専門的に行っている東京の病院まで出かけて勉強している。
1年がたったころ、調べると肝臓に転移したがんはあまり大きくなっていない。 どちらかといえば、むしろ小さくなっていた。
それならばと、かねてから考えていたことを主治医に申し出た。 抗がん剤をやめたい。
それでいのちが助かるならともかく、そういう保証がないのだったらもうやめたい。 本を読むと抗がん剤にはいろいろな副作用があり、なるべくやめたほうがいいと思うようになった。
そういって頼むと、はじめは難色をしめしていた担当医もしぶしぶ中止せざるをえなかった。 もっともそれはKさんが、なにがあっても自分で責任を取りますからと再三表明してから抗がん剤をやめて半年後、最初の手術から1年半後に、Kさんのがんは消えていた。
CTとって、がんは消えてるっていわれたんですね。 ほんとかなって思ったんですけれどね。
先生もびっくりしてました。 『Kさんなにやってるんだ?』っていわれて、『玄米の食事してます』っていったら、カルテに赤い字で大きくね、日本語でそう書いてくださったんです。 転移したがんが消えてしまうというのは、そうそうあることではない。
それも肝臓に転移した複数のがんがすべて消えたというのだから、担当医もこんなはずはないと思ったのだろう。 その驚きが、カルテに赤鉛筆で玄米ということばを書きとめたことのなかにあらわれている。

ではKさんの場合、がんが消えたのにはどんな要因があったのだろう。 当然ながら、まず抗がん剤の効果ということが考えられる。
抗がん剤は、2週間に一度の動脈注射で受けていた。 3か月治療を受け、つぎの一か月は休むというサイクルで1年ほど投与を受けている。
そして1年でやめた。 やめた時点でがんがなくなっていたわけではない。
もちろん抗がん剤をやめたあとで、がんが時間をかけて消えていったということは考えられないわけではない。 しかしちょっと考えにくいシナリオだ。
Kさん自身はむしろ、抗がん剤をやめたことのほうが、結果としてよかったのではないかとも考え生きようと」ストレスをためないために、Kさんはそれまでの生き方、考え方を変えるように努めてきた。 以前は自分ができることは他人もできるはずだと思うような性格の「きつさ」があったが、いまはもっとおおらかに、おだやかな気持ちを保つようにこころがけている。
そのおかげで、がんが消えたのは、抗がん剤以外の要素が大きかったと考えるほうが自然だろう。 それがなんだったかはKさん本人もわからない。
ただ、いずみの会にはずいぶん励まされた。
一生懸命読みました。 ああ、こんな会があったのかってことで、すごくそのとき、ほんとにこころ強かったんですね」なにしろ3年前に妹がおなじ病気で死んでいる。

Kさん自身ははっきりいわないが、助かろうと思ったら、妹とおなじようにしていてはだめだという思いもあったろう。 妹はがんであることを知らされず、周囲のいうままに治療を受けるしかなかった。
自分の場合はがんであることを知っていて、どうすればいいかを多少とも考える余裕がある。 そこで、病院での治療がすべてではないと思うようにもなった。
「やはり病気になったのは自分が作りだしたんだってことで、いまの自分の、いままでのもとの生活にもどれば、病気はまた再発するだろうってことですね。 ストレスをためない、それからくよくよしない、一系直になること、ほんとにそういうことをね、教えられまして、前向きにものごとに「感謝する気持ち」というものをもてるようになった。
生活習慣も変え、食事はもちろん玄米菜食にしている。 といっても厳格ではなく、魚は常食だ。
入院中は毎日のようにサメの軟骨や冬虫夏草を飲んでいたが、いまは気が向いたときにときどき飲む程度だ。 がんはからだを冷やさないことがたいせつといわれ、足元を冷やさないよう、いつも靴下を3枚はいている。
五本指の絹の靴下、アクリルの‐中靴下、そして綿とアクリルの外靴下の3枚だ。 おかげで靴が半サイズ大きくなり、スカートがはけなくてズボン生活になったが、これは致し方ない。

そうした生活習慣の改善とともに、3年ほどつづけているヨガがかなり気に入っている。 からだを動かすのもさることながら、「宇宙」や「気」についての先生の訓話が気持ちにゆとりをもたらすからだ。
そういうことをいろいろやっていてがんが消えた、それは結局なにがよかったんでしょうねと尋ねると、笑いながらこう答えている。 年金かけてたもんですから、厚生年金。
こりゃ60まで絶対生きなきゃしゃくにさわるってのが自分のなかにありましたから。 生きながらえなきゃいかんなって、しぶといですね。
その根性はあったんじゃないですかね(笑)」話を聞いていると、Kさんは長年会社勤めをしてきた社会人として、ある種の潔癖さをもっていた人なのだなとわかる。 その折り目正しい性格がしかし、がんのもとになったのかもしれない。


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